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神奈川県大和市。この町は戦後米軍基地と共に発展してきた。厚木基地の住所はカリフォルニア州に属しているのだという都市伝説があるという。
この町に住む十代のラッパー・長嶋サクラは日本人の母と兄、母の恋人で米兵のアビーに囲まれ、この町同様、複雑な関係性の中で育ってきた。アメリカのラッパーに憧れて、サクラは毎日ラップの練習と喧嘩に明け暮れる。ある日、アビーの娘・レイがカリフォルニアからやってくる。日米のハーフで、サンフランシスコで生まれ育ったレイ。好きな音楽の話をきっかけにして2人は距離を縮めていくのだが   
本作は米軍基地、貧困といった問題を抱える大和という場所で、ひとりの少女が“語るべき言葉”を獲得していく物語だ。サクラを演じるのは、今年『霊的ボリシェヴィキ』(高橋洋監督)、『菊とギロチン』(瀬々敬久監督)などの公開作が控えている韓英恵。監督は、黒沢清監督『トウキョウソナタ』の助監督などを経て、2011年に筒井武文監督『孤独な惑星』で脚本家デビュー、同年に初長編作品『夜が終わる場所』を発表した宮崎大祐。本作は北欧最大であるタリン・ブラックナイト映画祭をはじめ、世界中の20近い著名映画祭に招待され、ニューヨーク・タイムズやハリウッド・リポーター、ヴァラエティと言った海外メディアで絶賛された。
劇中では「相模の看板」として知られる地元出身のラッパーNORIKIYO が本人役でライブを披露し、同じく神奈川県横須賀市出身のラッパーでありビートメーカーであるCherry Brown がサントラを担当&カメオ出演。さらに、日本が世界に誇るジャパニーズ・オリジナルサイケデリック・パンクバンド、割礼の宍戸幸司、そして轟音のバンドアンサンブルと叙情的な詞世界でカリスマ的な人気を誇るGEZANも、その演奏で「大和」の背景に広がる世界をさらに豊かなものにする。
神奈川県のほぼ中央、相模野台地上にある市である。都心部からは40~50km圏内、新宿・渋谷・横浜にそれぞれ1時間以内で移動できることから利便性は比較的良い。東は横浜市、西は座間市、海老名市、綾瀬市に、南は藤沢市、北は相模原市、東京都町田市にそれぞれ隣接している。市内最大の商業施設として、イトーヨーカドーとイオンが共同で出店した大和オークシティがある。神奈川県内では治安の悪い地区として知られる。また、大和市をふくむ神奈川県央=相模エリア一帯はヒップホップどころとしても有名で、NORIKIYOを中心とするヒップホップ・ポッセ SD JUNKSTAやSALU、SIMI LABなど多くのラッパーたちが活動している。
大和市と綾瀬市、海老名市にまたがり、約507万平方メートルの広大な敷地を有する厚木基地(正式名称:厚木海軍飛行場)が存在する。航空機騒音や事故の不安等を与え、その日常生活に様々な影響を及ぼしている。大和市出身の有名人として、近藤真彦(タレント)、河村隆一(ミュージシャン)などがいる。
●もともと母の本家が大和なので、親戚もそのほとんどが大和界隈に住んでおり、ぼくも大和を中心に各地を転々としながら育ちました。高校時代から本格的に大和に住むようになりましたが、反抗期の少年にあの騒音はまさに火に油で、毎日毎時間イライラしていましたし、町の誰も憤らないことに強い疑問をいだいていました。今でこそややこしい背景がわかってきたので一概には言えませんが、やはり「慣れ」と「あえて」によって沈黙している方が多いとは思います。大和から基地を追い出したところで、それは他の地域に同じ基地ができることを意味しているわけで。

●厚木基地は中がとても広いからなのか、横須賀や沖縄の一部のように周囲の町に米兵が繰り出してくるということはあまりありません。安全・防犯上の理由から高い建物もまわりにないですし、中を覗けないようになっているので、一年に数回あるお祭りの日にパスポートをもって中に入る以外にはなかなかなにが起きているのかわからない状態です。本当にあの騒音だけが一方的なコミュニケーションといいますか、そんな感じです。映画の中に米兵が出てきてうんぬんも考えはしましたが、自分の人生や現実をいつも以上に投影している映画なので、単なる映画的面白さのためだけに、倫理的・政治的に嘘をつくのは作品のためにも今後の人生にとってもよくないと思いました。

●大和市は非常に小さい市ですが、北部は田園都市線の終点・中央林間駅があるので、「田園都市」、「横浜の一部」というアイデンティティが強いように思います。撮影が主に行われた大和駅、桜ヶ丘駅周辺やぼくがすむ高座渋谷駅をふくむ南部はより「大和」アイデンティティが強いと思います。神奈川の下町的な猥雑で昭和な雰囲気に基地の影響によるアメリカンな香り、そして定住センター経由でいちょう団地にたくさんお住いの外国人の方々が混ざって今の「大和」アイデンティティを形成しています。

●なでしこジャパンが2011年にワールドカップで優勝したときのメンバーの多くが大和市出身あるいはゆかりがある。

●関東ではじめてジャスコ(現イオン)が出店したのは大和市高座渋谷で、そのせいか今は近辺の生活水準をふまえないセレブ仕様のイオンになっている。

●劇中歌われる、大和市東部を南北に縦断する国道467は国道246側から湘南方面に抜ける唯一の国道だが一車線なので常に渋滞している。

●467を走り藤沢市側に入ると、道路の舗装がちゃんとする。

●北朝鮮政府唯一の銀行口座が大和市にある。
『大和(カリフォルニア)』

韓英恵 遠藤新菜
片岡礼子 内村遥
西地修哉  加藤真弓 指出瑞貴  山田帆風  田中里奈
塩野谷正幸 GEZAN 宍戸幸司(割礼) NORIKIYO

監督・脚本:宮崎大祐
音楽:Cherry Brown GEZAN 宍戸幸司(割礼)NORIKIYO のっぽのグーニー
撮影:芦澤明子(J.S.C.) 照明:小林誠 美術:高嶋悠 編集:平田竜馬 音響:黄永昌
サウンド・デザイン:森永泰弘 スタイリスト:碓井章訓 ヘアメイク:宮村勇気
助監督:堀江貴大 制作主任:湯澤靖典 カラリスト:広瀬亮一
プロデューサー:伊達浩太朗 宮崎大祐 キャスティング:細川久美子
製作:DEEP END PICTURES INC. 配給:boid
協賛:さがみの国 大和フィルムコミッション

©DEEP END PICTURES INC.
2016/日本・アメリカ/カラー/119分/アメリカン・ビスタ/5.1ch
監督・脚本:宮崎大祐
1980年、神奈川県横浜市生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。2007年に黒沢清監督作品『トウキョウソナタ』に助監督として参加して以来、フリーの助監督として活動。脚本を担当した綾野剛主演、筒井武文監督作『孤独な惑星』が2011年冬に全国公開され、話題を呼ぶ。同年、初の長編作品『夜が終わる場所』を監督。サンパウロ国際映画祭、トランシルバニア国際映画祭など世界中の国際映画祭に出品され、トロント新世代映画祭では特別賞を受賞した。翌年2012年に渋谷ユーロスペースで行われた国内初公開ではのべ三週にわたり、個人での宣伝配給作品としては異例の記録的動員を達成。公開中は連日、アート・ジャンルを横断するイベントを行い、「映画館」という場所の従来のイメージを更新するまったく新しい興行スタイルを提示し大きな話題となった。2013年にはイギリス・レインダンス国際映画祭が選定した「今注目すべき日本のインディペンデント映画監督七人」にも選ばれ、2014年には日本人監督としては実に四年ぶりにベルリン国際映画祭のタレント部門に招待された。直近の活動としては2015年にアジア四ヶ国によるオムニバス映画『5TO9』のうちの一編『BADS』を永瀬正敏主演で監督し、同作が中華圏のアカデミー賞こと金馬影展など様々な国際映画祭で上映された。本作が二本目の長編監督作となる。
<監督作>

『夜が終わる場所』 2011年79分

第35回 サンパウロ国際映画祭 2011 ヤング・ディレクターズ・コンペティション部門正式出品
第11回 トランシルバニア国際映画祭 2012 コンペティション部門正式出品
第40回 モントリオール・ヌーボー・シネマ 2011 インターナショナル・パースペクティブ部門正式出品
第2回 ファンタスティック・ザグレブ国際映画祭 2012 オリエント・エクスプレス部門正式出品
第2回 マドリッド国際映画祭 2012 非英語圏映画主演女優賞ノミネート
第4回 トロント新世代映画祭 2012 審査員特別賞受賞
第14回 ハンブルグ日本映画祭 正式出品作品
第27回 高崎映画祭 正式出品作品
CINE DRIVE 2012 正式招待作品

『5TO9』 2015 年 80 分 *6月、池袋シネマ・ロサにて劇場公開決定!

日本、タイ、中国、シンガポールによるオムニバス映画『5TO9』の日本編を監督
第 52 回 台北金馬国際影展 2015 アジアの窓部門正式出品 NETPAC 賞ノミネート
第 26 回 シンガポール国際映画祭 2015 アジアン・ヴィジョン部門正式出品
第 14 回 バンコク世界映画祭 2016 アジアン・コンテンポラリー部門正式出品
第 11 回 大阪アジアン映画祭 インディ・フォーラム部門正式出品
香港インディペンデント映画祭 2016 アジアン・インディペンデント・ヴィジョン正式出品
第 4 回 バルセロナ CASA アジア映画週間 2016 正式出品

<脚本作>

『ひかりをあててしぼる』 2016 年 坂牧良太監督作品
『ひ・き・こ 降臨』 2014 年 吉川久岳監督作品
『孤独な惑星』 2010 年 筒井武文監督作品
撮影:芦澤明子
青山学院大学在学中に、渡邉護監督の助監督を務めたのをきっかけに撮影の世界へ。その後撮影部をめざし、伊藤英男、押切隆世、中堀正夫に師事。1982年よりCFカメラマンとして独立。川崎徹をはじめ多くの演出家と出会う。94年の平山秀幸監督『よい子と遊ぼう』をきっかけに、本格的に映画に取り組む。以後、『ぬるぬる燗燗』(96 西山洋一監督)、『UNLOVED』(02 万田邦敏監督)、『オーバードライヴ』(04 筒井武文監督)、『南極料理人』(09 沖田修一監督)、『受難』(13 吉田良子監督)、黒沢清監督『トウキョウソナタ』(08)、『贖罪』(12)、『リアル~完全なる首長竜の日~』(13)、『散歩する侵略者』(17)、『羊の木』(18 吉田大八監督)など多くの作品の撮影を担当。
音響:黄永昌
劇映画、ドキュメンタリー映画など多数の作品に参加。これまでの主な作品に、『TOCHKA』(07 松村浩行監督)、『ヘヴンズストーリー』(10 瀬々敬久監督)、『ライク・サムワン・イン・ラブ』(12 アッバス・キアロスタミ監督)、『りんごのうかの少女』(13 横浜聡子監督)、『うたうひと』(13 酒井耕 濱口竜介監督)、『ジ・エクストリーム・スキヤキ』(13 前田司郎監督)、『あえかなる部屋 内藤礼と、光たち』(15 中村佑子監督)などがある。
サウンド・デザイン:森永泰弘
1980年生まれ。東京藝術大学大学院を経て、映画理論家/ミュージック・コンクレート作曲家のミシェル・シオンに師事するため渡仏。現在は、映画や舞台芸術、メディアアート等の領域でサウンドデザイナーとして活動しつつ、南イタリアや東南アジアを中心に少数民族の音楽や環境音をフィールドレコーディングした作品を制作している。フィールドレコーディング作品をリリースするレーベルConcreteを主催。これまで共同制作を行ったアーティストは園子温(映画)、勅使河原三郎(振付家)、田名網敬一(イラストレーター)、北村明子(振付家)など多岐に渡る。
プロデューサー:伊達浩太朗
株式会社タイムフライズ 代表取締役。東京大学工学部を卒業後、製造業にて研究開発・研究企画に従事。東京国立近代美術館フィルムセンターでの日本映画の教育普及事業「カルト・ブランシュ ~期待の映画人・文化人が選ぶ日本映画」には、スタート時から継続して協力。
主な映画プロデュース作品に、『サウダーヂ』(11 富田克也監督)、『解放区』(14 太田信吾監督)、『うつろいの標本箱』(15 鶴岡慧子監督)がある。


長嶋サクラ:韓英恵
1990年11月7日生まれ。『ピストルオペラ』(01 鈴木清順監督)で女優デビュー。その後も『誰も知らない』(05 是枝裕和監督)、『悪人』(10 李相日監督)、『マイ・バック・ページ』(11 山下敦弘監督)と話題作に出演。近年の作品は『知らない、ふたり』(16 今泉力哉監督)、『獣道』(17 内田英治監督)、『霊的ボリシェヴィキ』(17 高橋洋監督)など。今後の公開作に『菊とギロチン』(今夏公開 瀬々敬久監督)が控える。
レイ:遠藤新菜
1994年10月3日生まれ。父親はイギリスとアイルランドのハーフ、母親は日本人。2013年に『海にしずめる』(田崎恵美監督)で映画初出演にして主演デビュー。2014年「第45回『non‐no』モデルオーディション」をきっかけに、同誌専属モデルとしても活動をスタートさせた。近年の作品に、『Starting Over』(14 西原孝至監督)、『白魔女学園 オワリトハジマリ』(15 坂本浩一監督)、『やるっきゃ騎士』(15 平林克理監督)、『無伴奏』(15 矢崎仁司監督)などがある。
長嶋樹子:片岡礼子
1971年12月 20日生まれ。『二十才の微熱』(93 橋口亮輔監督)で映画デビュー。『愛の新世界』(94 高橋伴明監督)と『KAMIKAZE TAXI』(95 原田眞人監督)でヨコハマ映画祭最優秀新人賞を受賞。代表作に、『ハッシュ!』(01 橋口亮輔監督)、『ぐるりのこと。』(08 橋口亮輔監督)、『ヘヴンズ ストーリー』(10 瀬々敬久監督)、『まほろ駅前多田便利軒』(11大森立嗣監督)、『ヤキマ・カナットによろしく』(15青山真治監督)、『函館珈琲』(16西尾孔志監督)、『続・深夜食堂』(16松岡錠司監督)、『武曲』(17 熊切和嘉監督)などがある。
長嶋健三:内村遥
1985年5月1日生まれ。2006年、映画『東京大学物語』(江川達也監督)でデビュー。2011年には『適切な距離』(大江崇允監督)で映画初主演を果たす。近年の作品に、『ASO』(15 岩永洋監督)、『知らない、ふたり』(16 今泉力哉監督)、『サバイバルファミリー』(17 矢口史靖監督)、『スプリング、ハズ、カム』(17 吉野竜平監督)など。TBSの人気ドラマ、日曜劇場『陸王』では「こはぜ屋」係長の安田利充役としてレギュラー出演した。
河野清一郎:塩野谷正幸
1953年8月14日生まれ。劇団「流山児★事務所」に所属、同劇団の看板役者のひとりであると同時に、映画や他の企画でも活躍している。映画代表作は『病院で死ぬということ』(93 市川準監督)、『勝手にしやがれ!! 成金計画』(96 黒沢清監督)、『三文役者』(00 新藤兼人監督)、『回路』(00 黒沢清監督)、『SFホイップクリーム』(02 瀬々敬久監督)などがある。宮崎大祐監督作品は、『夜が終わる場所』に続く出演。


NORIKIYO
「相模の看板」として日本中で知られる大人気ラッパー。1999年頃、神奈川県相模原市にて地元の仲間達とSD JUNKSTAを結成。2007年、待望の1stソロAlbum「EXIT」をリリース。「THE SOURCE」誌による「BEST OF JAPANESE RAP 2007」にて第三位に、また、日本語ラップ WEBマガジン「COMPASS」では「年間最優秀Album」に選出された。2008年にMIX CD「DJ ISSO PRESENTS RE ROLLED UP 28 BLUNTS」 をリリースし、MIX CDながら限定4500枚を瞬時に完売。そして、2011年、3年振りのリリースとなったAlbum「メランコリック現代」がインディーズながら、オリコン・Albumチャート(総合・デイリー)にて16位を記録。ここまで6枚のオリジナルアルバムを発表。2014年には自身初となるワンマンライブを恵比寿リキッドルームにて開催し、満員御礼。名実ともにシーンで最も注目されているラッパーの一人である。
GEZAN
2009年大阪にて結成。轟音のバンドアンサンブルと叙情的な詞世界、マヒトゥ・ザ・ピーポーを中心としたカリスマ的なライブパフォーマンスが灰野敬二や中村達也(ブランキー・ジェット・シティ)など大御所ミュージシャンをも虜にし、支持を集める。2012年3月に1stフルアルバム「かつて うた といわれたそれ」をリリース、同年の「FUJI ROCK FESTIVAL」に出演する。その後東京に拠点を移し、都内にて16カ所16日連続ライブ「侵蝕の赤い十六日」を実施。2013年8月に「8月のメフィストと」 を、踊ってばかりの国とのスプリットシングルとしてリリースした。2014年2月には2ndフルアルバム「凸-DECO-」を発表し、「SXSW」出演を含むアメリカツアーを敢行、その人気を国際的なものにする。2015年、16年と二年連続で都内屈指のライブハウス、代官山UNITにて行われたワンマンライブはソールドアウトされた。
割礼(宍戸幸司)
日本が世界に誇るジャパニーズ・オリジナルサイケデリック・パンクバンド。平衡感覚を崩壊させる変則的アンサンブル、時空を歪ませる超スローテンポなリズム、並のバンドでは到底真似できない強烈な世界観で、異次元のサイケデリックロックを奏で続ける。83年、名古屋にて「割礼ペニスケース日曜日の青年たち」結成。アルバム『ネイルフラン』(89年)でメジャーに進出。
Cherry Brown
神奈川県横須賀市出身のラッパー。日米ハーフ。自身のブログ2009年からフリーのミックステープの配信を開始する。サウス系ヒップホップトラックの上で萌え系アニメやアイドルへの愛を歌う非常に現代的なスタイルでラップ界のきゃりーぱみゅぱみゅと呼ばれ、ヒップホップシーンやネット上の話題をさらった。その後もネット上で頻繁に新曲を発表し、Lii'諭吉名義でZeebraなど著名ラッパーへのトラック提供も行うようになる。2013年に「Escapism」でVictor Entertainmentよりメジャーデビュー。
この映画を制作したきっかけはなんですか?キャスティングはどうしたのでしょうか?
映画以上に音楽オタクなのでいつか音楽映画を作ってみたかったんです。それと、震災のあとに「いつ全てが消えてしまうのか分からない」という不安をずっと抱えていたので、全てが消えてしまう前に、芸術家らしく故郷を舞台にした創作の一本でも作っておかないと、死んでも死にきれないなと思いました。 キャスティングに関しては、韓さんとはずっとお仕事がしたかったんです。それは僕が鈴木清順監督を崇めていることがキッカケだったと思います。以来ずっと追っていて。片岡礼子さんも同じような理由で、橋口監督の、特に『ハッシュ!』という作品がどうしようもなく好きで、いつかご一緒出来たらなと長年思っておりました。これまた震災の影響もあり、この先どうなっちゃうのか分からないのなら、悔いが残らないように敬愛する俳優さんたちを出来るだけ集めて映画を撮りたいなと思いまして。
この映画は非常にシンプルなセッティングで撮影されていますが、それは役者の演技に影響を与えたと思われますか?語り手としては小さな規模の撮影の方が自由にやれるのでしょうか?
本音を言えば100倍の予算でやりたい放題したいのですが、そうも行かないのが私の現状であり、日本のインディーズ映画の現状でもあるでしょう。例えるなら、いつかはビヨンセやレディ・ガガのようなド派手なことをやったろうとは真面目に思っていますが、今はまだセックス・ピストルズのように、粗さを勢いと心意気、クールさで隠蔽するスタイルで制作しているということです。 制作予算と撮影方法・演出法の関係は一概には言えないと思います。今作に関してはほとんどドキュメンタリー映画撮影のようにどこで切ってどこで回しているのかさえよく分からないような撮影手法を志向しました。
この映画は主人公サクラやラップを通し、近くて遠い他者、アメリカの影響について多くを語っています。現代の日本の若者たちは様々な国の影響に引き裂かれていると思いますか?またそれは良いことなのでしょうか、悪いことなのでしょうか?
今更政治・経済・文化面でのアメリカの日本に対する功罪を取り上げるまでもないとは思いますが、ひとつ具体的なことを言えば、厚木基地の兵隊さんたちはほとんど外に出て来ません。敷地内が広大でそこだけでほぼ町を形成し、事足りるため、外に出てくる必要がないのです。ですから横須賀や沖縄などと違い、地元住民は騒音以外には彼らとはほとんど接点がなく、まさに近くて遠い他者なんです。
若者の引き裂かれに関してですが、私は海外転勤族であった家庭環境もあり、一般の方よりも更にアメリカと日本の間で引き裂かれていると感じながら育ってきました。それがこの映画の背景にははっきりとあると思います。しかし、年をとり、何故引き裂かれていると感じる必要があるのか、様々な影響をパッチワークのように縫い合わせて生きていくのがこれからの人間なのではないかと思ったのが本作の思想的な出発点だと思います。
この映画は文化や社会、家族関係や孤独など様々なテーマがあります。この作品を通じて監督が個人的に主張したいものはなんでしょうか?
これだけ複雑なご時世に於いて、硬直した政治的主張を述べるだけの表現ほど暴力的なものはないので、この映画がある種の場所、交差点になれるようにと思いながら制作しました。それにして、当然神などおらず、誰もが同じ服を着て、同じ食事をとり、誰もとすぐに入れ替わることが出来るこの時代は、ある意味理想郷と言えるのでしょうが、この体の芯から湧いて出てくる違和感と息苦しさは何なんでしょう?これを暴力ではない方法で発散するにはどうしたらいいのでしょうか?
この映画を観た観客にどういった反応を望みますか?
東京のすぐそばでひっそりとではあるけれどこういう理不尽が未だにまかり通っているということを知ってもらいたいですね。また、アメリカの日本社会における政治的影響力も。一方で、我々はただの被害者だというのも違っていて、当然加害者でもあります。全ては地繋がりで大和にしろ沖縄にしろ、もっというと東北にしろ、アイヌの問題にしろ、自分の内側の問題として一緒に考えられたらと思います。
Asian Film Vault より一部抜粋して加筆修正。
参考HPはこちら
この国のヒップホップ映画の決定版
大和田俊之
アメリカ文学者、ポピュラー音楽研究者
愛だろ、愛っ。
Lil B “THE BASED GOD”
ラッパー
ここにあるのは「はじまりの歌」だ。
にっぽんがどんな状態にあってもこの足で、ここから始めようとする。
そんな決意の歌が聴こえる映画だ。
瀬々敬久
映画監督
韓英恵、一世一代の映画。
ド直球で逃げ場のない、息苦しい青春に、
ヒリヒリした説得力を与える孤高の存在感。
誰も寄せ付けない強いまなざしに、
いつかとおった青春の、痛いくらいシリアスな気持ちを思い出す。
山内マリコ
作家
監督は日本のスピルバーグ
漢 a.k.a. GAMI
ラッパー
工業地帯とニュータウンというふたつの顔を持つ川崎市がこの国の近現代を象徴する土地なのだとしたら、同じ神奈川県で厚木海軍飛行場を擁する大和市もまた然りである。もしくは、拙著『ルポ 川崎』がラップ・ミュージックというアメリカ発祥の音楽に閉塞的な状況を打破する可能性を見出すのだとしたら、宮崎大祐監督作品『大和(カリフォルニア)』のラップをしあぐねる主人公が最終的に掴むスタイルは何を示唆しているのだろうか。本作は青春映画の形式を通してこの国の貧しい現実を暴く、言わば〝ルポ 大和〟だ。
磯部涼
ライター
大好きな作品っす。
デビュー直後、業界や謂れもないことを書かれたりすることに戸惑い疲れ傷つき活力を失っていた自分、そこからそれを取り戻すまでの自分を思い出した。
まだここにいるということは、まだ生きたくて、まだやりたいのだ。
SALU
ラッパー
作中のそこかしこで静かに葉を揺らし、画面を彩る名前のよくわからない野草たち。そのハッと息を飲むほどの美しさよ。基地のフェンスや軍用機の轟音から養分を奪って気ままに生い繁る最強のグリーンは、同じ色の髪を持つ少女の胸の震えを無言で包み込んでいる。
冨永昌敬
映画監督
ウッヒョオオォオォォオオォ!!!!
JP THE WAVY
ラッパー
12の米軍基地が虫食い的に点在する神奈川県には、「沖縄」とは異なるある種の曖昧な殺伐さがある。宮崎監督の映画がえぐりとるモザイク状の殺伐さのもとでは、すでに誰も「純粋さ」や「正しさ」や「被害者意識」へと逃げ込むことを許されない。むしろ誰もが「ハーフ」で「あいのこ」で「雑種」を生きざるをえない。相模原の障害者殺傷事件も、九人の遺体が見つかった座間の事件も、武蔵小杉にシン・ゴジラとヘイトデモが押し寄せたのも、来るべき何かの予兆なのかもしれない。こんな世界のもとでは、真の「悪夢」とは、金がないことでも父親がいないことでも使い道のない風景でもなく、苛立ちや罵倒の言葉は幾らでも呟けるのに、肝心の場面でこそ自分の「声」をどうしても信じられない、そのことなのだ。なら、がらんと寒々しいその場所で、「君」の「声」はどうか。あの「戦闘機」の轟音をも切り裂く、レスバトルとしての「君」の「声」とは。
杉田俊介
批評家
ラップをしたいが語彙が足りない。圧倒的に足りない。言葉がすらすら出てこない。なら「言葉がすらすら出てこない」と歌えばいい。「語彙が圧倒的に足りない」と叫べばいい。人間がなにかを言うための道具としての言葉ではない言葉。言葉の純粋にしてその起源である暴力が、神奈川県大和市在住、夜な夜なひとりで英語を勉強中、バイト先は開店休業中のうなぎ屋、移動手段は原付、平屋の実家暮らしでオタクの兄貴と部屋をシェアしている十代のラッパー、サクラの沈黙、その葛藤となって立ち上がる。『大和(カリフォルニア)』は言葉を持たない者たちのための映画だ。例えばそれはドンキホーテのレジ袋としか言いようのないあの黄色のことだ。基地の滑走路の点滅なら朝までずっと眺めていられる自信がある。聞かれてもないのに急にそんな話をし始める少女と呼ぶにはいささか歳をとり過ぎた女のことだ。外壁の塗り替えなどしようと思ったことさえない家ばかりが並ぶ住宅街の外灯はただちょっと薄暗いだけでなにも言わない。相鉄線の駅を地下にして水はけのよいブロックを敷き詰めた遊歩道にしてみたもののいまだに使いあぐねている駅前の広いスペース。あの宇宙と同じくらいなにも言わない。ただそこにある。地元の悪口を言おうと思えばいくらでも言えるのにひとに言われるとムカつくのはなぜなのだろう。『大和(カリフォルニア)』は生まれ育った街を憎むことでしか愛せないあなたのための映画だ。
横田創
作家
 『大和(カリフォリニア)』というタイトルから抱いていた(メッセージ映画という)先入観は、すっかり裏切られた。まったくもって、見事な映画であったからだ。もちろん、米軍基地という、日本人の立ち入れない巨大な治外法権地を抱え込んだ大和市という特殊な環境はちゃんと描かれ、それが福島や沖縄とも連結し、現代日本の負の側面への視点は押さえられている。大島渚作品のハイブリットな展開として、日本の政治映画の系譜に位置づけることも可能だろう。
 だが、『大和(カリフォルニア)』は、単純に映画として素晴らしい。宮崎大祐監督はいつの間にこんなに腕を上げたのか。自らの存在に屈折した悩みを持つ少女を登場させる。基地の柵の横を原付で走り、兄と薄いカーテンで仕切られた境界の部屋と別宅としての動かないトレーラーを往復し、おずおずと言葉を綴り、ラッパーとして生きようとする、ひとりの女性を描いた映画として、また音楽・音響映画として、『大和(カリフォルニア)』は圧倒的に素晴らしいのである。実際、ここでの韓英恵ほど魅力的な被写体が存在するだろうか。そのすべての瞬間が愛おしい。特にカリフォルニアから送り込まれたハーフの少女との出会いが、彼女の内面のスイッチを押してからの素晴らしさは空前絶後、内からこみあげる奔流と外からの圧力の境界として彼女の顔は変貌する。音楽映画として、夢想的、演劇的、現実的な三つのクライマックスを惜しげも無く釣瓶打ちする豪胆さにも驚嘆させられる。
 『大和(カリフォルニア)』は、いま観るべき(唯一の)映画である。
筒井武文
映画監督
日本であって日本ではない在日米軍基地。戦後70年以上経た現在でも、日米地位協定により、日本における米軍人の犯罪に対して米国が第一次的裁判権をもち、日本は十分な捜査権をもつことができずにいる。米軍厚木基地の一部を抱える大和市のその例にもれない。そうした大和で育ったラッパーの主人公が米国から来た異母姉妹と距離を縮めながらもお互いの目線の違いから仲違いする。基地を抱える大和における日米の近くて遠い微妙な距離感を二人の内面から描き、主人公が自分で語る言葉を見出していく姿を描く、大和でなければ生まれなかった本作。社会的課題と向き合う映画が少ない日本の映画界に真っ正面から挑戦する意欲作。宮崎監督の今後の活躍から目が離せない。
小林良彰
政治学者
『大和(カルフォルニア)』の素晴らしい手柄は、スローモーションの衝突を見事に描いている事だ: 国とラップとウナギと基地とドンキーそして家族、これらの象徴の反乱とある少女がぶつかり合う。宮崎大祐の見事なまでの正確な演出力と韓英恵の忘れられない演技で描かれた「さくら」と言う人物の話は、ぶつかり合いの輝きで溢れている。象徴ではなく人間になるべきという話として印象的なこの映画は、今の世界の根本的問題に触れている。
アレックス・ツァールテン
ハーバード大学東アジア学科准教授
黒船で脅かされ無理やり付き合いを始めてからずっと、日本人の無意識にはアメリカに対する憧れと同時に消すことのできない屈辱の思いがある。その屈辱の分かりやすい具体が米軍基地である。屈辱を取り除くためには、親分との付き合いをやめるしかないのだが、かつて喧嘩を売ってボコボコにされたので、それが非現実的であることは誰でも知っている。そこで日本人であることにアイデンティティを持とうとして、中国や韓国、北朝鮮の悪口を言ってみたりもするのだが、本当の誇りは回復しない。だって、何を決めるにしても、結局は親分の顔色をうかがうしかないからだ。
米軍基地のある町で生きる女の子のラッパーを主人公にして、宮崎大祐はこの解決不可能な問題に果敢に取り組んでいる。日々の暮らしのなかでの苦しみ、新しく出来たアメリカ人の友達にぶつける劣等感……彼女の鬱屈は日本が近代以降抱えてきた鬱屈そのものだ。
最後に彼女は思いのたけをラップするが、果たして本当に吹っ切れたのか? そうだとすれば何から? 彼女に会ったら聞いてみたい。
井土紀州
映画監督
彼女の苛立ちを知ってる気がした。自分を構成する全てが未熟で、知識も技術もみんな足りない。稼ぎかたも優しさも全然上手くない。 一方で社会はちゃんと成立してる。なんとなくこんなもんだろと泰然と、圧倒的に揺るぎなく。なんでもあるけどすごく雑で、そこには私の欲するものは何もない。
10代終わり、最初に描いていた漫画は誰かの真似だった。それがほとほと嫌になり、過去にあった本当に起こったことをただ描いた。それが賞に入った。
技術を磨き、フィクション(嘘)を描くこととは、本当に伝えたい核のために丁寧に例え話を纏わせることだと知った。本当に言いたかった言葉は大抵とてもシンプルだ。
社会が抵抗しようのないほど大きく見える時がある。ただそれぞれ、一人一人が生きているだけなのに。
それに抗うため自分を大きく見せようとする時がある。膨らませているものは恐怖と不安だ。 そんなのはもうやめだ。
百の他人の言葉より、「ごめん」「ありがとう」。
そして「描きたい。生きたい」。
そんな漫画を描きたいと思った。
安永知澄
漫画家
「アイ、アム、インディペンデント。」
サクラはまっすぐに天に向けて指先を伸ばし、そう宣言する。この英語とも日本語ともつかない言葉の晴れ晴れとした力強さ、いかなる国語にもたやすく回収されることのない不格好な言葉の輝き、これこそがこの映画がたどり着いた地点を指し示している。この言葉は「最強のインディペンデント映画」たらんとする『大和(カリフォルニア)』の宣言でもあるのだ。
海老根剛
映画批評家
これほどの強靱さと柔軟さを併せ持った映画を眼にすることは極めて稀である。
タイトルは謎のようで、映画の設定を知らなければ理解出来ないが、厚木空軍基地が神奈川県大和市(と綾瀬市)に存在しながらその敷地内は治外法権状態で、都市伝説ではアメリカはカリフォルニア州に属すると言われることに由来する。その大和市に住む「ラッパー」のヒロイン(韓英恵)を中心に展開するこの映画は、あらゆる二項対立を徹底的に無効化する。
まず、大和(日本)対カリフォルニア(アメリカ)という対立が、脱特権化され無効化される。それは、ヒロインと、母親(片岡礼子)の恋人であるアメリカ軍人の娘との付き合いを通じて徹底的に具体的に、しかし日常的な何事もないような出来事の描写を重ねることによってである。サンフランシスコ(カリフォルニア州!)からヒロインの一家を訪ねてきたレイ(遠藤新菜)は、映画には登場しない米軍人の父親が沖縄勤務時代に日本人の母親(故人)との間に設けた娘で、「ハーフ」であり日本語もかなり話すが、自らは「アメリカ人」であると名乗る。大和は脱特権化されるとともに、その状況は沖縄と重ね合わされもする。
レイは、「日本的」なものを求めず、サクラの日常に付き合おうとし、日本対アメリカというステレオタイプ的な二項対立も排除される。一方で、二人の付き合いの中でサクラのしていること、とりわけラップはアメリカ文化のコピーではないかという、オリジナルとコピー、あるいは支配と服従の新たな二項対立が浮上するが、この対立もまた乗り越えられることになろう。
無言と言葉、あるいは言葉とラップという対立さえ乗り越えられ、最終的には現実と夢という最大の二項対立が奇蹟のように無効化され乗り越えられる。それがどのようにして成されるかは、映画を観て実際に体験してもらうより他にはないのだが、そこでは宮崎大祐の手になる周到な脚本と演出の力(例えば、決定的な瞬間に出て来る意外な言葉の説得力)とともに、芦澤明子のまさに至芸とも呼ぶべき圧倒的な撮影にも注目すべきだろう。ここでは、手持ちと固定が、あるいはロングショットとクロースアップが、宮崎の演出の下に絶妙に折り合わされている。サクラを微妙な光と影のたゆたいの中に捉える数々のショットの、あるいは思わぬ瞬間に現れるクロースアップの、何と緊張感に満ちつつも美しいことか。二項対立の無効化と乗り越えは、映像と音声とによって、圧倒的ともいうべき具体的かつ実質的な形で成し遂げられているのである。
二項対立の無効化は、カオスではなく、無限のニュアンスをこの映画にもたらしている。微妙な政治的な主題を避けることなく真っ向から扱いつつ、未来への確かな希望を指し示して、『大和(カリフォルニア)』は屹立する。絶対に見逃してはならない映画である。
木村建哉
映画学研究者
我々がもてあそぶ『日本』のイメージと本当の『日本』との間で揺れ動くこの女性ラッパーを見逃すな!もっとも、見逃すななどと改めていうまでもなく、主演女優二人の圧倒的な演技に誰もがスクリーンから目を離せないだろう
クロード・ブロワン
日本映画研究家
鮮烈!内向きで非政治的な日本映画界への痛烈な一撃
Variety誌
まさにこの時代にこそ必要とされる映画
Hollywood Reporter誌
絶句するほどのエネルギー
New York Times紙
この映画は、主人公と一緒に現実と誠実に格闘し、音の力、言葉の力とともに見る者の心を、底の方から揺さぶってくる。
読売新聞
コンプトン、カリフォルニアと大和、神奈川の邂逅
Japan Times紙
美しき発見
panorama-cinema誌
感動的で、悲痛で、時に苛立たしくもある。それにしても本作鑑賞後の余韻たるや!
Blood Brothers誌
ラリー・クラークとルーカス・ムーディソンに匹敵する詩的リアリズム
Tribuna紙
極端な実益政策とポップ・カルチャーに故郷の場所性や風習を洗い流され抑圧されている日本の若年層。この映画は、そんな実存のゆらぎを抱える彼らに関する明晰な洞察であり、彼らに届くかもわからないが、ひとえに痛切な叫びである
Easternkicks誌
都道府県 都市 劇場名 公開日
東京 池袋 池袋シネマ・ロサ 5/26(土)〜6/1(金)
栃木 宇都宮 宇都宮ヒカリ座 8/18(土)〜31(金)
群馬 高崎 シネマテークたかさき 7/21(土)〜27(金)
神奈川 横浜 シネマ・ジャック&ベティ 7/14(土)〜
長野 松本 松本CINEMAセレクト 6/29(金)
愛知 名古屋 名古屋シネマテーク 6/9(土)〜15(金)
京都 京都 出町座 近日公開
大阪 大阪 シネ・ヌーヴォ 6/30(土)〜
兵庫 神戸 元町映画館 7月上旬
広島 広島 横川シネマ 近日公開
愛媛 松山 シネマルナティック 6/23(土)〜7/6(金)